アインツベルンへの訪問から3ヶ月後
士郎はアルトルージュの千年城にいた。
アルトルージュが言ったとおり、今日からここで修行するのだ。
 
城に着いてすぐ、アルトルージュはこんなことを聞いた。
「ねぇ、士郎ってあまり服装とか気にしないの?」
「そうですね。特に何も。強いて言うならこの出来るだけこのズボンは穿(は)いていたいです」
「じゃあそのズボンを穿いていればどんな服装でも良いの?」
「基本的には」
その答えを聞くとアルトルージュは士郎に見えないようにとてもうれしそうな笑みを浮かべた。
 







翌日。
住む場所が変わっても習慣は変わらず、いつも通り鍛錬を終え、昨日教えてもらった厨房に向かうとアルトルージュが立っていた。
「おはようございます、アルトルージュ姉さん」
「おはよう、士郎」
普段は見せない満面の笑みでアルトルージュは答えた。
「ねぇねぇ、士郎、これ着てくれない?」
そう言って、とある服を差し出す。
「別にかまいませんよ」
「本当!うれしい。さすが、士郎」
帰ってきた返事に更にアルトルージュから笑みがこぼれる。








 
朝食時
リィゾたちが席に着くと見慣れない人物の姿が目にとまった。
「おい、貴様な、に、も、、、の、、、」
その人物が誰だか解った瞬間リィゾの思考が停止した。
「やぁおはよう、リィゾ。どうしたんだいこんな、と、こ、ろ、で、、、」
食堂にやってきたフィナもその人物を見て固まる。
その人物が挨拶をした。
「おはようございます、リィゾさん、フィナさん。どうしました?」
その人物、士郎がそう聞く。
しかし二人から返答はない。
なぜなら目の前の光景が信じられなかった。
士郎の服装が『メイド服』ということに。
復活したリィゾが問いかけた。
「、、、士郎か?」
「ええそうですけど」
「何故そんな格好をしている?」
「アルト姉さんが、『この服を着て欲しい』と。あと、『この服を着ている間は『お嬢様』と呼んで欲しい』とも。」
その内容にリィゾは頭を抱えた。
そんな中アルトルージュが食堂に入ってきた。
「きゃ〜士郎、似合ってるわよ!」
「あの〜姫様、これは?」
未だに頭痛がするリィゾがそう聞いた。
「それは士郎がメイド服を着たらかわいいと思ったら着せてみたの」

「最高です、姫様!」
復活したフィナがアルトルージュに賛同した。
「まぁ、士郎が気にしてないようですからいいとしましょう。」
その空気に、リィゾも渋々認めるしかなかった。
その後食堂に入ったプライミッツマーダーでさえ士郎を見たとき固まった。








 
1年後
いろいろな意味で士郎はこの城の生活に慣れ始めていた。
そんなある満月の夜。
「ん?」
士郎はあることを感じた。
「どうした、士郎?」
そんな士郎にリィゾが問いかけてくる。
「誰かがこの城に近づいてきています。数は、、、人間が15人に、、、死徒が一人ですね」
士郎は修行の一環としてこの城の半径50メートルの位置に結界を張っていた。
さすがに他人を拒絶することは出来ないが誰が侵入してきたかぐらいは解る。
「そうか、ならば私が行こう」
リィゾが剣をとる。
「俺も行きます」
士郎もそう言った。
しかし、
「その格好で行くのか?」
さすがにリィゾとしてもメイド服で戦いに赴くとは考えなかった。
「ええ、少々試したいことがありますので」
「そうか」








 
一方、城を目指している一団、埋葬機関は結界の存在に気付いていた。
埋葬機関機関長、ナルバレックはその結界を張った誰かが気になっていた。
アルトルージュ一派で結界を扱うような死徒が思い当たらなかったからだ。
そして城の城門前までたどり着くと、声が響く。
「そこで止まれ。さもなくば命はない」
その声と共に城門の上から黒い男とメイドが降りてきた。
黒い男、死徒27真祖の第六位リィゾ=バール・シュトラウトの方はナルバレックたちもよく知っていた。
しかしもう一人のメイド、ピンクの髪に赤い目隠しをした方に関してはまったく情報がなかった。
「ほう新しい死徒でも引き入れた、、、いや違うなそいつは人間か」
その事実に、顔に出してはいないがナルバレックは内心驚いていた。
あのアルトルージュが人間を自分の城に迎えているとは思わなかったからだ。
「ふん、、、アルトルージュに魅せられたか。しかしあの結界を見る限りたいたことはなさそうだな」
「そうでもないよ」
ナルバレックの意見に口を挟む者がいた。
それは見かけは子供だが、実際は最古の死徒の一人 、死徒27真祖であると同時に埋葬機関第五位『王冠』の冠する第二十位メレム・ソロモン。
「何故だ?」
「あの子の目隠し、とても強力な魔力殺しだよ。あんな物身につけているっていうことはよほど魔力が多いみたいだね」
彼の意見に改めてくだんのメイドを全員が睨む。
しかし当のメイド、士郎はそんなことを気にせずリィゾに問いかけた。
「リィゾさん、彼らは?」
「彼らは埋葬機関。キリスト教の矛盾を法でなく力でねじ伏せる、欧州最強の対吸血鬼機関だ」
「教会の?」
「そうだ」
その内容にしばし考え込み、こう言った。
「つまりあの人たちは全員人形なんですね」
その瞬間メレムをのぞく埋葬機関の全員が刀身の長い細身の剣、黒鍵を投げた。
それをリィゾと士郎は難なく躱す。
「おい、貴様!訂正しろ。我々が人形だと!」
「ええそうです。偽物の神様を信奉し、人生の、自分の生き方を、他者に依存するような人達は人形以外の何物でもないと思いますが?いえ、正確に言えば操り人形のほうがふさわしいですかね?」
その意見にさすがのリィゾも吹き出した。
「貴様!」
いくらナルバレックでもこれには憤った。
「機関長、落ち着いてくださいたかが子供の戯言です!」
青い髪の女性が声をかけるが彼女も声から憤っているのが解った。
「機関長、俺が行かせてもらいます」
「ふん、好きにしろ」
名乗り出た男に許可を与える。
そして男が一歩前に出ると士郎も前に出た。
「ちょうど良い、八つ裂きにしてやる」
男がサバイバルナイフを構える。
「おい、貴様が先ほども言ったようにこいつは人間だ。それでも殺すのか?」
リィゾが問いかけると、
「ふん、そいつは既に死徒の姫に取り込まれている。ならばここで消し去ってやるのが救いだ」
若干先ほどの恨みを含めてそう返す。
「そうか。ならば一つ言っておく。こいつはそいつより強いぞ」
「ふん貴様も目が腐ったな。そいつは接近戦闘専門だ簡単には勝てんぞ」
「笑っていられるのも今の内だ」
そんな二人を無視して士郎はポケットの中で投影したナイフを両手に4本ずつ挟んで構える。
男が走り出すと共に、片手分、4本ずつ投げていく。
そして投げたらポケットの中で投影をし、その間もう片方のナイフを投げていく。
これには男は防戦一方だった。
彼からすれば相手はただナイフを投げてくるだけ。
本来であればよけるのも防ぐのも簡単だった。
しかし今は防ぐことしかできない。
なぜなら向かってくるナイフがとてつもなく早いのだ。
はじいても腕にしびれはないが、脅威であることは間違い無かった。








 
10分後
彼は先ほどから10メートル前進しただけで未だにナイフを防いでいた。
彼はメイドがおそらくスカートの中にナイフを吊っていて、それを投げていると考えていた。
既に彼の周りには500本ものナイフが落ちている。
しかしナイフの勢いは衰えない。
いったいあのスカートの中にはまだどれだけのナイフが残されているのか想像もつかなかった。
 
リィゾは士郎が何をしているのか気付いていた。
そして内心苦笑していた。
おそらく士郎はあの男を傷つける気はないのだろう。
士郎の目的は戦闘時、長時間、素早く、正確にナイフを投影することにあった。
普段から出来るだけ素早く正確に物体を投影する練習はしていた。
しかし戦闘時という状況でも焦らずいつもどおり投影が出来るとは限らない。
だからこの機会にそれを行ったのだ。
また士郎は気付いていないだろうがナイフをどれだけ持っているか解らないということは相手に精神的精神的不安をもたらす。
そう言った意味では自身が気付いていないことも含めて、試みは成功といえる。
不意にナイフが雨がやむ。
それと共に男が駆け出す。
士郎は先ほどのナイフを両手に逆手で構えている。
男のナイフをはじきながら、一瞬の隙をついて膝を叩き込む。
しかしそれはわざとで、それによってできた隙を男は狙う。
コンマ何秒の差で男のほうが早かった。
本来であれば、だが。
「体内投影(トレース・イン)」
その言葉と共に膝の先から剣が飛び出し、男に突き刺さる。
「邪悪なる幻想(イービル・ファンタズム)」
更に剣が爆発しナルバレック達のところまで吹き飛ばされる。
「大丈夫か!」
「なんとか。機関長、申し訳ありません。」
そうは言うが、男の全身は爆発の際突き刺さった剣の破片で血まみれだった。
「リィゾさん。」
「何だ?」
男のことなど気にせず士郎が問いかける。
「あの人達どうしましょう」
「おまえはどうしたい?」
「出来れば自分から帰って頂きたいですね」
「しかし彼らはそう簡単に諦めんぞ」
「それなら、実力行使で」
「好きにしろ」
当然今の会話はナルバレック達も聞いていた。
「ふん甘く見られたものだな」
そう言って改めて例のメイドを注視する。
そのメイドはなぜだか左半身だけを見せるように体を傾けていた。
両手は何かを握っているようだが体に隠れていて分からない。
次の瞬間、その何かを振り抜いたのと同時に自分たちの体を黒い何かが通過し
た。
 





 
 
 
 
−キーン−
音が響く。
それは刃のない黒鍵の柄が地面に落ちた音だ。
誰もそれを拾おうとはしない。
なぜなら全員、素っ裸でそんなことを気にしてる余裕はなかったからだ。
「なっ!」
さすがのナルバレックもこれには驚きを隠せなかった。
「士郎これは?」
リィゾが士郎に問いかける。
「あの人達の武器は服の内側に吊っているようでしたし、あの服も特殊な能力が有るみたいで、素手でも戦えそうなのでいっそ服がなくなれば戦わずに帰ってくれるかと。」
「そうか。」
リィゾは士郎の考えとは別の理由で帰るだろうと確信していた。
 
どうしてそうなったかは分からなかった。
ただ法衣がない今、士郎のいう通り戦闘を続けることは無理であった。
「くっ!全員退くぞ。」
故にその判断は正しかった。
 
「何とかなりましたね。」
「ああ。」
「どうかしましたか?」
「なんでもない。」
いろいろな意味でリィゾにとって大変な一時だった。








 
この日聖堂教会で埋葬機関よりアルトルージュ・ブリュンスタッドに新たな人間の従者が付いたとの報告があった。
またその日埋葬機関の全員が裸で任務から帰ってきたとの噂が立ったがすぐにその話をする者はいなくなった。
後日この時の話を聞いたゼルレッチ達は腹を抱えて笑い転げた。
 
後書き
どうもNSZ THRです。
アルトルージュの城での出来事と、埋葬機関との出会いです。
あれぐらいやらなければ因縁ができないと思い、実行しました。
青い髪の女性が誰かはご想像におまかせします。




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